いつの時代も上流階級ではない、高貴ではない、「一般庶民」がいる。
その一般庶民の中で、男と女が一緒に暮らしている家庭がある。
長い年月をかけてもなお、男と女の脳の違いはある。
むしろ進化が止まっているのではないかとさえ考えてしまう。
例えばこんな日常風景。
女は一生懸命に話を男に聞いてもらいたい。
男は他のことに夢中で、はなから真剣に話を聞く気もないので、ほとんど話が頭に入ってこない。
典型的な男脳と女脳の違いが如実に表れる場面だ。
「吾輩は猫である」から思わずにやりとしてしまった場面。
主人(男)は書斎で句を書こうと真剣に考えている。
そこへ「あなたちょっと」と茶の間から妻君が出てきて主人の鼻の先へ坐わる。
「なんだ」と主人は水中で銅鑼を叩くような声を出す。
返事が気に入らないと見えて妻君はまた「あなたちょっと」と出直す。
「なんだよ」と今度は鼻の穴へ親指と人差し指を入れて鼻毛をぐっと抜く。
「今月はちっと足りませんが・・・」
「足りんはずはない、医者へも薬札はすましたし、本屋へも先月払ったじゃないか。
今月は余らなければならん」とすまして抜き取った鼻毛を天下の季観のごとく眺めている。
~
ジャムをたくさん舐めたから食費が高いというくだりがはじまる。
~
「いくら舐めたって5,6円くらいなものだ」と主人は平気な顔で鼻毛を一本一本丁寧に原稿紙の上へ植え付ける。
肉がついているのでぴんと針を立てたごとく立つ。
主人は思わぬ発見をして感じ入った体で、ふっと吹いてみる。
粘着力が強いので決して飛ばない。
「いやに頑固だな」
と主人は一生懸命に吹く。
~
ジャムだけではない、他にも買わなきゃいけないものはたくさんある!!
と妻君は嘆く
~
「あるかもしれないさ」と主人はまた指を突っ込んでいくと鼻毛を抜く。
赤いのや黒いのや、種々の色が交じる中に一本真っ白なのがある。
大いに驚いた様子で穴の開くほど眺めていた主人は指の股へ挟んだまま、その鼻毛を妻君の顔の前へ出す。
「あら、いやだ」と妻君は顔をしかめて、主人の手を突き戻す。
「ちょっと見ろ、鼻毛の白髪だ」
と主人は大に感動した様子である。
さすがの妻君も笑いながら茶の間へ這入る。
経済問題は断念したらしい。
これを見て、まず先生の妻君の心の広さ、素晴らしいと思った。
世間の妻君であれば激怒か、呆れるかであろう。
うちの奥様も間違いなく後者である。
そしてこの主人のユーモアさに尊敬するかは別として、庶民という一般家庭の中にいる男はたいていこの部類に入ってしまうだろう。私も否定はできない。
100年近く前に描かれた小説 「吾輩は猫である」から考えた男脳と女脳。
実におもしろい。